「連絡が取れるようになった。それだけで少し、ほっとした。」
佐藤さん(仮名・50代)が最初にそう言ったとき、その後に続いた言葉の方が重かった。
「でも、何か一つ解決したわけじゃないんですよね。分かってはいるんですけど。」
長い間、連絡が取れないまま止まっていた時間が、ようやく少し動き始めた。ただ、動き始めたことと、整理が始まったことは別でした。

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状況が動いたとき、問題の本体が見えてくる
東京都中野区に、約300平方メートルの土地があります。
最寄り駅から徒歩7分。第一種低層住居専用地域。建蔽率60%、容積率150%。立地としては、悪くありません。土地の上には古い共同住宅が2棟建っており、4世帯の方が今も暮らしています。賃料収入は月額約20万円という情報がある一方で、賃貸借契約の中身は誰にも把握されていませんでした。
佐藤健太さん(仮名)はこの土地の共有者の一人です。持分は約4割。残りの約6割は、長らく連絡の取れなかった姉・佐藤美紀様(仮名)が相続で引き継ぐ予定でした。ただし、その登記はずっと未了のままでした。
その間も、固定資産税の通知は毎年届きました。登記は動かず、姉への連絡も届かず、それでも時間だけが過ぎていく。そういう状態が、何年も続いていました。
状況が動いたのは、自治体からの差押え予告がきっかけでした。自治体を通じて美紀様と情報を共有できる状態になり、相続移転の登記も確認された。そこで佐藤さんが実感したのは、安堵よりも困惑に近いものでした。
「これで話し合える、と思ったら、話し合わないといけないことが多すぎた。」
土地の問題は、土地だけで終わらない
整理してみると、この物件には4者の関係者がいました。
土地共有者として佐藤さんと美紀様。建物については、美紀様(土地共有者兼建物所有者)と、別の親族・田中宏様(仮名・建物所有者)がそれぞれ1棟ずつ所有しています。そして4世帯の入居者。

「土地を売りたい」と思っても、建物の所有者が別にいる。建物を含めて整理しようとすれば、賃貸借契約、敷金、滞納の有無、更新条件を確認しなければ話が進まない。全体を動かそうとすると、関係者全員の合意が必要になる。
どこかを動かそうとするたびに、別のどこかで止まる。そういう構造でした。
さらに西側の道路は、建替え時にセットバックが必要な42条2項道路とされています。測量も確認できていない。固定資産税の年額や、差押えの対象税目・滞納額・解除条件も、まだ手元にはありませんでした。
「連絡が取れるようになった」は、出発点だった。終わりではなかった。
差押え予告が持つ二つの意味
差押え予告は、心理的には重い通知です。
ただ、この案件においては別の意味も持っていました。長期間放置されてきた状況を、関係者が「このままではいられない」と共有するきっかけになった。つまり差押え予告は、リスクであると同時に、任意協議の入口を開いた材料でもありました。

ただし、その入口がいつまでも開いているわけではありません。時間が経てば、危機感は薄れます。合意形成のタイミングを逃せば、また放置の状態に戻る可能性があります。
最初の30〜60日で任意協議の反応を見ること。そしてもし止まるなら、法的整理の準備を並走させること。そうした期限の設計が、この局面では必要でした。
売却価格は「土地の価値」だけでは決まらない
近隣の地価公示(2023年・近隣標準地)は640,000円/㎡です。面積を単純に掛け合わせると、概算で約1億9,942万円という数字になります。
ただし、これは参考目安に過ぎません。

実際の売却価格は、買い手が何を引き受けるかで変わります。共有関係の整理、建物別所有の問題、4世帯の入居者への対応、セットバック後の有効宅地面積、測量未確認のリスク、固定資産税の負担関係。これらが積み重なるほど、買い手は価格に安全率を乗せます。
現況有姿でプロ業者に検討してもらうことは可能です。ただしそのためには、賃貸借契約や登記の最新情報、固定資産税の通知、関係者の意向が最低限そろっている必要があります。高値を取りに行く前に、「説明できる状態を作ること」が先でした。
話せる状態になったとしても、「何を優先して動かすか」が決まっていなければ、また別の場所で止まります。関係者と向き合う前に、主ルートを決めておく必要がありました。
3つの方向性と、その使い分け
この案件で整理した方向性は、大きく3つです。

方向性①:権利整理先行 × 現況有姿で一括売却(想定6〜12か月)
土地共有者と建物所有者の意向を確認し、必要最低限の資料を揃えたうえで、開発業者または買取業者へ現況有姿で一括売却する方向です。準備は必要ですが、物件全体を整理できる可能性が最も高い案でした。
方向性②:関係者内での持分売却・譲渡(想定2〜6か月)
佐藤さんの持分だけを美紀様または田中様など関係者へ譲渡・売却する方向です。早期に負担から離れられる可能性がある一方、物件全体の課題は残ります。相手方に買取の意思と資金がある場合の選択肢でした。
方向性③:調停・共有物分割等による法的整理(想定12〜24か月以上)
任意交渉が止まる場合のバックアップです。時間と費用、心理的な負荷が大きいため、最初から主ルートにするより、止まったときの備えとして準備しておく位置づけでした。
3つを比較すると、方向性①は準備こそ必要ですが、解決後に残る課題が最も少ない案でした。ただし全員合意が前提であるため、相手の反応が取れない場合のルートを最初から設計しておくことが必要でした。
最初に集めるべきは、価格の資料ではない
佐藤さんに最初にお伝えしたのは、今週できることから動いてほしい、という話でした。

- 固定資産税通知書・差押え予告通知・過去の連絡履歴を1か所に集める
- 土地・建物の登記情報を最新取得し、持分と差押え解除の状況を司法書士に確認する
- 美紀様・田中様への打診文を作成し、売却・保有・持分整理のいずれを望むか確認する
査定額や売れる値段は、その後でも調べられます。でも関係者の意向は、聞くタイミングがあります。差押え予告が共有されている今が、それを確認できるまれな時期でした。
分かれていた問題を、同じ地図に置くこと
この案件が難しかったのは、問題が複数の場所に分散していたからです。
土地は共有。建物は別所有。入居者がいる。固定資産税に差押えの影がある。賃貸借の中身は誰も把握していない。
一つずつは解決できそうに見えても、それぞれがつながっているため、どれかを動かすと別のどこかに影響が出る。だからこそ、まず全部を同じ地図に置いて、「どの順番で、誰が、何を確認するか」を決めることが、実際の一歩目でした。

「連絡が取れるようになった」は、長かった膠着の終わりではなく、合意形成の始まりでした。それでも、向き合う順番が見えると、問題は「どうすればいいか分からない」ものではなくなっていきます。
差押え通知が届くたびに身構えなくていい状態。毎年の固定資産税を、ため息と一緒に支払わなくていい状態。それは売却が完了したその先にあるだけでなく、次にやることが決まった瞬間からも、少し近づきます。
本コラムは実際の相談事例を元に、プライバシーに配慮して匿名化・再構成しています。登場人物・関係者名はすべて仮名です。法的・税務的な判断は個別の状況によって異なります。具体的なご相談は、専門家またはDecision Baseへお問い合わせください。